SPINGLE / SP-MX5

MAZDAと広島のシューズメーカーSPINGLEがコラボしたレザースニーカー。昨年5月に販売が開始されたが一瞬でソールドアウト、手に入れることが出来ませんでした。RF買い換えにあたりシューズも新調しようと、年明けから現在履いているNEGRONIの色を選んでいた時そういえばと検索してみると、オフィシャルグッズショップのMAZDA COLLECTIONに各色のほぼ全てのサイズで在庫がありました。

黒だとソールがオレンジで派手すぎるので、NAVY/BLUEのSP-MX5 サイズM(25.5)を購入しました。

幅はちょうどよかったのですが、甲高なため先端のみシューストレッチャーで一晩伸ばすと甲高もクリア。しかしこの靴のサイズ展開は23.5、24.5、25.5・・と1.0単位のためジャストの25.0がなく心持緩め。なので、履くときは毎回紐を解いて足を入れてから結びなおしが必要。ただし、運転中は緩さを感じないのでドライビングシューズとしては満足しています。

96ヶ月

ROADSTERに乗り始めて96ヶ月。

2023年末に定年退職してからは通勤がなくなりロードスターに乗る機会自体は減りましたが、気温が高い夏の期間以外は毎月サイクリングイベントに参加するようになったことと、愛媛県八幡浜市との二拠点生活になったこともあり、走行距離が伸びて現在の総走行距離は約81,600kmになります。

 

<運転について>

仕込んでいた株を売って昨年中に予算を確保出来たので、老いをカバーしてもらうため安全機能が充実している最新のロードスターへまもなく買い替えます。ただ現在販売されているロードスターには車線逸脱警報システムはありますが、レーンキープ・アシスト・システムは開発主査が「まだ要らないと判断」されて搭載されていません。還暦を過ぎて衰えた視力で高速の長いトンネルや日暮れ前後の一般道、一日400kmくらい走っているときなどレーンキープ・アシスト・システムが欲しいなと切実に思います。

 

<車体について>

昨年夏、エアコンが効かなくなってエバポレーターを交換しました。エアコン故障状態で乗っていた時にマツコネが熱暴走しましたが、修理後は暴走していません。

青空駐車なので数か月に一度の割合で洗車時に撥水コートを選択しますが長くはもちません。洗車機に突っ込んでいることもあり8年経つとAピラー先端の塗装が剥げてきています。乗り始めてある程度経過したらこの辺りだけでも固形ワックスをかけるなど予防した方がいいのかもしれません。

 

<オープンについて>

一日300km以上走るときの高速道路ではときどきサイドウインドウを閉めて走ったり、午後からはクローズドで走る区間をまぜたりして疲労軽減に努めるようになりましたが、近場を走るときは基本サイドウインドウ含め全開で走っています。

 

買い替えたすぐ後にレーンキープが搭載されると後悔するので、今年出てくる騒音対策車のリリースを待ちたいと思ってはいますが、ディーラーに連絡は入っておらず年度が変わってからなのかもしれません。4月~6月は毎月、一度に1000kmくらい走る予定が入っているので、それまでに安全機能を充実させておきたく、そろそろ決断しなければいけません。

ROADSTER × ROADBIKE →横須賀_251218

ロードスターの助手席にロードバイクを載せて、神奈川県の三浦半島で開催されているサイクルスタンプラリーに参加してきました。

 

ROADSTER RF

2025/12/16~12/20  約1150km

12/16 伊良湖岬のホテルをチェックアウトしたら

途中でサーフィンが盛んな太平洋ロングビーチに寄って

豊川ICから東名に乗ったら

新東名に

200kmくらい走ったらクローズドにして

茅ヶ崎からは一般道路経由の

横浜横須賀道路を走り

汐入交差点へ

12/17 朝食を食べたら部屋でウダウダしてから

軍港巡りで米国の空母と原潜

海上自衛隊のイージス艦と最新ステルス艦

12/19 三泊したホテルをチェックアウトしたら

江の島を回って

圏央道から

新東名と走る

岡崎手前の事故渋滞で一時間潰したため

豊田アローズブリッジで日が暮れ

名港トリトンは真っ暗

桑名駅前のホテルに泊まって焼き蛤

12/20 起きたら雨、三重の新名神

大阪の新名神と走り

山陽道へ、今回の出張ではその日の走行距離が200kmを越えるとクローズドにして体力の消耗を減らしている。瀬戸大橋を渡って西条に帰宅

 

ROADBIKE

2025/12/18  81km

一日の走行距離を300km台に抑えるようにしても、一般道路の走行時間が長いと疲れは溜まりがち

そのためサイクリングするタイミングを一日づらして、サイクリング自体は問題なく走りきれた。しかしその後、2日掛けて西条へ帰宅するがかなりキツく休み休み走ることに。